すべての始まりは、北海道テレビ放送(HTB)の小さなスタジオからだった。限られた予算とスタッフでスタートした挑戦は、やがて日本のテレビ史に刻まれる伝説へと成長していく。その中心にいたのが、ディレクターでありカメラマンでもある嬉野雅道だ。
全国のローカル局が模索を続ける中で、北海道発のコンテンツが示した可能性は計り知れない。地方のローカル局が制作した作品が、いかにして全国の視聴者を虜にし、さらには国境を越えるコンテンツへと化けたのか。その原動力は、緻密な計算ではなく、現場で巻き起こる偶然を愛する柔軟な姿勢にあった。