昭和21年冬。当時まだ駆け出しの若手作家だった三島由紀夫は、無頼派の首領として文壇を席巻していた太宰治が囲む酒席へと足を踏み入れた。先輩作家たちが談笑する緊迫した空気のなか、三島は太宰の真正面に座り、冷ややかな視線を向けながら唐突に言い放った。「僕は太宰さんの文学は嫌いです」と。
周囲が凍りつくなか、太宰は怒るどころか照れ隠しのような苦笑いを浮かべ、「そんなことを言ったって、こうして来ているんだから、好きなんだよな」と答えた。この伝説的な一幕は、長年三島の「太宰拒絶」を象徴するエピソードとして知られてきた。しかし、強烈な自尊心と自己演出のぶつかり合いでもあったこの夜、若き三島が放った牙は、太宰という巨星の圧倒的な存在感に飲み込まれまいとする精一杯の反抗だったのかもしれない。