昭和から平成へと元号が変わる熱気の中で、東京お笑いシーンと関西お笑いシーンの距離は現在よりも遠かった。吉本興業の若手が圧倒的な漫才の劇場網を誇る中、ホリプロなどの東京事務所に所属する若手芸人は手探りで自分たちの発表の場を開拓していた。
大竹一樹と三村マサカズは、ライブハウスの小さなステージでコントの精度を磨き続けた。そんな中、関西から怒涛の勢いで東京に進出してきた東野幸治らの存在は、大きな刺激となったはずだ。東西のカルチャーギャップを超えて意気投合した彼らは、互いの番組にゲスト出演するたび、型にはまらないグルーヴを生み出していった。
楽屋裏での悪ふざけがそのまま本番のトークに持ち込まれるような空気感。それこそが、当時の若い視聴者を魅了した最大の要因だった。