プロ野球界において背番号21といえば、読売ジャイアンツの宮本和知氏や福岡ソフトバンクホークスの和田毅投手のように、左腕エースや本格派投手が背負うイメージが強いナンバーです。しかし、日ハムの背番号21が持つ文脈は、他球団とは一線を画すドラマ性に満ちています。
日本ハムの球団史を紐解くと、東映フライヤーズ時代や日拓ホーム時代を経て、日本ハムファイターズとなって以降、この番号は「チームを勝たせる絶対的存在」に与えられてきました。単なる投手の割り当て番号ではなく、ファイターズのエースナンバーの歴史において、11番や18番と並ぶ象徴的なステータスを確立してきたのです。
先発完投型の大エースから救援のスペシャリスト、さらには球界の未来を嘱望された長距離砲まで、時代ごとのチーム方針やファンの情熱が色濃く反映される点こそが、日ハムの歴代21番が放つ唯一無二の魅力といえます。