過酷な環境から逃れるため、危険を冒して学園からの脱走を試みる生徒は後を絶たなかった。山道を素足で走り抜け、近隣の民家に助けを求める生徒もいたという。当然ながら、事態を重くみた三重県警察による捜査や立ち入りが行われる局面も存在した。
暴行事件の立件や脱走者の保護を通じ、警察の介入によって学園の異常な管理体制の一端が明るみに出ることもあった。しかし、教育方針への介入には限界があり、根本的な解決に至るまでにはあまりにも多くの犠牲と時間を要した。相次ぐ事件と脱走劇は、地域社会や遺族に消えることのない深い爪痕を残した。