『日本書紀』の一節には、国生みの神である伊奘冊尊(イザナミ)が火の神・軻遇突智尊(カグツチ)を生んだ際に火傷を負って亡くなり、「紀伊国の熊野の花窟に葬られた」と記されている。この記述こそが、ここが日本最古の聖地と称される所以だ。
歴史学者たちの間では今も起源をめぐる議論が続いているが、現地に立つと学説を超えた実感が湧き上がる。季節の花を捧げて神を祀ったことから「花の窟」の名がついたとされるが、ここには絢爛豪華な儀式はなく、ただ土地と生者をつなぐ原始的な哀悼の情だけが満ちている。数千年前の人間も、今の私たちと同じように愛する者の死を悼み、この岩に向かって手を合わせただろうか。時の隔たりを一瞬で飛び越えさせるだけの強烈な磁力が、この地には充満している。