芝山千代田駅の存在意義を理解する上で避けて通れないのが、芝山千代田駅歴史と経緯です。1966年に閣議決定された新東京国際空港(現・成田国際空港)の建設地決定は、地元住民の頭越しに進められたことから、激しい反対運動である「三里塚闘争(成田闘争)」へと発展しました。空港敷地の南側に位置する芝山町は、広大な農地が空港用地として収容されただけでなく、滑走路の延長線上に位置するため深刻な航空機騒音被害と交通遮断に直面することになりました。
空港の建設によって地域間を結ぶ主要な道路が寸断され、芝山町の住民は成田市街地や東京都心への日常的な移動に大きな迂回を強いられました。当時の住民集会や自治体交渉の記録によると、「空港によって町が陸の孤島にされてしまった」という強い孤立感と不満が渦巻いていました。こうした地域社会の分断と不利益を緩和するための「地域振興策」および「代償措置」として強く要望されたのが、鉄道の乗り入れ構想でした。
1981年に第三セクターとして芝山鉄道株式会社が設立され、成田空港建設に対する調停案の一環として鉄道事業免許を取得しました。しかし、反対派による一坪共有地運動や用地買収の難航、さらには成田空港の運用変更などが重なり、工事は長期にわたって凍結を余儀なくされました。最終的に当初計画されたルートを一部変更し、旧成田空港駅であった東成田駅から分岐する形で工事が再開。構想発表から実に数十年を経た2002年10月27日、悲願の開業を迎えました。