1996年、リノで行われた室内競技会でドノバン・ベイリーがマークした5.56秒。そして1999年、アトランタでモーリス・グリーンが記録した同タイム。この二つの走りは、陸上史における「奇跡の瞬間」として語り継がれている。100メートル走の元世界記録保持者である二人だが、彼らの持ち味は後半の伸びだけではなかった。ピストルが鳴った瞬間からトップスピードに乗るまでの時間が、常軌を逸して短かったのだ。
特にグリーンのピッチ(足の回転数)は凄まじく、スタートからわずか数歩で爆発的な推進力を生み出していた。彼らが走った当時は、現在のような高反発カーボンプレート入りのスパイクは存在しない。純粋な筋力と神経系の伝達速度、そして狂気的なまでの集中力だけで、人類最速の「5.56秒」は生み出された。