90年代は、今日私たちが親しんでいるコンテンポラリー・R&Bのフォーマットが完成した記念碑的なディケイドだ。テディ・ライリーが確立した「ニュー・ジャック・スウィング」によって、跳ねるビートと滑らかなコーラスの融合が定着。ベイビーフェイスやロドニー・ジャーキンスといった稀代のプロデューサーたちが、Billboardのチャート上位をR&Bで独占する黄金時代を築いた。
この世界的なうねりは日本にも決定的な衝撃を与える。その震源地となったのが、1998年に彗星のごとく現れた宇多田ヒカルだ。本場仕込みのグルーヴ感と日本語の響きを奇跡的なバランスで融解させた彼女のデビュー作『Automatic』は、日本の音楽産業におけるポップスの概念を一夜にして塗り替えた。もはやR&Bは海の向こうのエキゾチックな音楽ではなく、グローバル共通のポップ・スタンダードとなったのだ。
同時にレコーディング・アカデミー(グラミー賞)においても、主要部門でR&B作品が歴史的な評価を獲得する機会が急増。ジャンルとしての格と音楽的成熟はここで頂点を迎えた。