サーカス『アメリカン・フィーリング』大ヒットの裏側と坂本龍一の革新

サーカス『アメリカン・フィーリング』大ヒットの裏側と坂本龍一の革新

サーカス『アメリカン・フィーリング』大ヒットの裏側と坂本龍一の革新にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

『アメリカン・フィーリング』が昭和の音楽シーンに投じた一石の大きさは、当時の社会情勢と切り離して語ることはできません。1979年、日本航空(JAL)はアメリカ本土路線の需要拡大を狙い、「COME TO AMERICA'79」と題した大規模なプロモーションを展開しました。そのフラッグシップとなるCMソングに抜擢されたのが、洗練されたコーラスワークで国民的知名度を得ていたサーカスでした。

当時、海外旅行は一般庶民にとって「手の届かない夢」から「少し背伸びをすれば手が届く現実」へと移り変わりつつありました。成田空港が開港した翌年にあたる1979年、円高の進行とともに若者やミドル層の間でアメリカ西海岸カルチャーへの強烈な羨望が渦巻いていたのです。テレビ画面から流れるハワイやロサンゼルスの雄大な風景、そして透明感あふれるサーカスの4声ハーモニーは、お茶の間の憧れを一気に加速させました。

作詞を担当した竜真知子は、単なる観光地のガイドブック的な描写を周到に避けました。描かれているのは、広大なアメリカの大地で自分自身と向き合い、過去の感傷を吹き飛ばして前を向く、ひとりの自立した女性の心象風景です。「空を飛ぶ」「海を渡る」という物理的な移動の爽快感と、心の解放が巧みに重ね合わされた歌詞は、新しい時代を生きようとする当時のリスナーの琴線を見事に捉えました。

松本 悠斗
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松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。