直接的な原因ではないとしても、「強いストレスと無関係」と言い切れるわけではありません。生化学および腫瘍免疫学の視点から見ると、自律神経の乱れ 発がんメカニズムには無視できない生理現象が存在します。
人間が強い心理的プレッシャーを受け続けると、視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA軸)が興奮し、ストレスホルモン コルチゾールやカテコールアミンが過剰に分泌されます。これらのホルモンが長期にわたり高濃度で血中に留まると、以下の深刻な生体反応が生じます。
- 免疫機能の抑制(NK細胞活性の低下): 体内では日常的に数千個の異形細胞(がんの芽)が発生していますが、通常はリンパ球の一種であるNK細胞(ナチュラルキラー細胞)や細胞傷害性T細胞がこれを発見・排除しています。コルチゾールの過剰分泌はこのNK細胞の働きを著しく低下させ、がん細胞の監視システム(がん免疫監視機構)を弱体化させます。
- 慢性炎症の誘発: 自律神経のバランスが交感神経優位に偏り続けると、体内で炎症性サイトカイン(IL-6やTNF-αなど)の産生が促され、組織に慢性的な微小炎症が生じます。この慢性炎症状態が、がん細胞の生息・増殖に適した微小環境(腫瘍微小環境)を形成します。
- 血管新生と転移の促進: 動物実験や基礎医学研究では、アドレナリンなどの刺激が腫瘍組織内のVEGF(血管内皮増殖因子)の発現を高め、がん細胞への栄養補給路となる新たな血管新生や遠隔転移を促進することが確認されています。
このように、ストレスは「ゼロからがんを生み出す引き金」ではないものの、「体内に生じた病変の増殖を許容し、悪性化を後押しする土壌」を作り出す危険因子として作用します。