この事故が社会的な大スキャンダルへと発展した背景には、警視庁による不可解な初期報道と組織的な身内かばい疑惑がありました。
事故直後の第一報において、警視庁側は「萩原流行さんがバイクで単独転倒した疑い」を強調するような発表を行い、現場に警察の護送車が居合わせた事実や、その護送車が進路変更を行った事実を公に積極的に明かしませんでした。
しかし、現場を目撃した一般ドライバーの証言や、後続車のドライブレコーダー映像の解析が進むにつれ、「護送車がウインカーを出さずに急な割り込みを行ったことが原因である」という目撃証言が浮上。メディア各社が追及を強めた結果、警視庁は事故から約1か月後の5月下旬になり、ようやく自らの護送車が事故の直接的な要因に関与していたことを認める事態に追い込まれました。
この二転三転する警察の対応に対し、世論からは「警察官が加害者の場合、都合の悪い証拠を隠蔽しようとするのではないか」という厳しい批判と不信感が噴出しました。