警察の必死の捜査も空しく年月は流れ、1992年(平成4年)1月4日深夜、東京の事件は当時の刑事訴訟法が定めていた殺人罪の公訴時効(15年)を迎えました。大阪の事件についても翌月に時効が成立し、事件は法的に「未解決」のまま幕を閉じることとなりました。
2010年の法改正により殺人罪の公訴時効は撤廃されましたが、当時は時効の壁が絶対であり、犯人が名乗り出ても罪を問うことができない現実に、遺族や当時の捜査員は深い無念を抱くことになりました。この事件は、のちの「グリコ・森永事件」や「世田谷一家殺害事件」などと並び、昭和から平成にかけて社会に暗い影を落とし続けた未解決凶悪犯罪の象徴として記録されています。