清少納言の性格は悪かった?紫式部の酷評理由と『枕草子』の素顔

清少納言の性格は悪かった?紫式部の酷評理由と『枕草子』の素顔

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清少納言の性格を語る上で避けて通れないのが、『紫式部日記』に残された辛辣な人物評です。紫式部は日記の中で、清少納言について次のように記しています。

「清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人」(清少納言ときたら、得意気な顔をしてひどく偉そうにしていた人だ)

さらに「利口ぶって漢字を書き散らしているが、よく見れば学識も浅く中途半端。こんな人の行く末が良いはずがない」とまで書き連ねており、この一節が後世における「清少納言=性格が悪い・嫌味な女性」という印象を決定づけました。

しかし、二人の関係性と歴史的背景を検証すると、この批判の裏には複雑な事情が見えてきます。実は、清少納言と紫式部が同じ宮中で顔を合わせていた時期は重なっていません。清少納言が仕えた中宮・藤原定子が亡くなり宮中を去った数年後に、紫式部は一条天皇の新たな中宮・藤原彰子に仕え始めました。つまり、紫式部の批判は直接の喧嘩ではなく、宮廷内に残る「伝説の才女・清少納言」の華々しい噂話に対する反発だったのです。

内省的で思慮深く、目立つことを好まない紫式部から見れば、機知に富んだ受け答えで貴族たちを沸かせた清少納言の陽気な振る舞いは、軽薄で鼻につくものに映ったとしても不思議ではありません。ライバルサロンの前任エースに対する強烈な対抗意識が、あの辛口レビューを生んだと言えます。

伊藤 翔太
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伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。