当時、日本中が感染症の脅威に怯え、ダイヤモンド・プリンセス号の対応をはじめとする医療行政の最前線に立っていたのが厚生労働省である。その中枢で副大臣として陣頭指揮を執っていたのが橋本岳氏であり、政務官として補佐していたのが同僚議員であった。連日連夜の対策会議と過重なストレスが日常化する閉鎖空間の中で、二人の距離は急速に縮まっていったとされる。
その親密な関係を白日の下に晒したのが週刊文春による徹底的な追跡報道だった。外出自粛や夜間の会食自粛が国民に強く求められていた緊迫した状況下で、高級ホテルや赤坂の飲食店での逢瀬を捉えた文春オンラインの記事は、瞬く間にYahoo!ニュースのトップを独占し、世論の猛反発を招いた。国家の危機管理を担う当事者たちが下したプライベートな判断の甘さは、政策への信頼すら失墜させかねない激震をもたらした。