本名を前田禎穂(まえだ・さだほ)と称した千葉真一さんのキャリアは、挫折から幕を開けました。若い頃はオリンピック出場を目指す器械体操のトップ選手として日本体育大学で汗を流していましたが、跳馬の練習中に負った腰の重傷により競技人生を断念。しかし、この強靭な身体能力と不屈の精神こそが、後に世界を驚愕させるアクション俳優としての礎となりました。
1959年に東映第6期ニューフェイスとして芸能界入りを果たした千葉さんは、デビュー直後から過酷なアクションを代役なしでこなす唯一無二の存在として頭角を現します。当時の映画界は任侠映画や時代劇が主流でしたが、千葉さんは空手道(極真会館などでの修行)の技法を映画表現へと昇華させ、それまでの「立ち回り」の概念を根底から覆しました。
何より世間の耳目を集め続けたのが、家族との濃密な絆です。1972年に名女優・野際陽子さんと結婚し、おしどり夫婦として国民的な人気を博しました。二人の間に誕生した長女・真瀬樹里さんは、両親の気品と殺陣の技術を色濃く受け継ぐ実力派女優へと成長します。その後、1994年の離婚を経て再婚した一般女性との間に誕生したのが、長男の新田真剣佑さんと次男の眞栄田郷敦さんです。
自著や生前のロングインタビューにおいて、千葉さんは息子たちへの指導について「幼少期から本物の武道、音楽、語学に触れさせ、世界で通用する身体感覚を養わせた」と述懐していました。ロサンゼルスで育った真剣佑さんと郷敦さんに対して、千葉さんは決して甘やかすことなく、礼儀作法と肉体訓練を徹底。その厳格な愛情の深さは、息子たちが俳優として頭角を現した際、父への尊敬を公言して憚らない姿勢からも明確にうかがえます。