浅田真央さんがシニアの国際舞台で頂点を極め、バンクーバー五輪で銀メダルを獲得するなど日本中が熱狂する裏側で、匡子さんの身体は静かに病魔に蝕まれていました。
匡子さんの死因は肝不全(肝硬変の悪化)でした。長年にわたる過酷なサポート生活による疲労やストレスも重なり、入退院を繰り返す闘病生活を余儀なくされていました。しかし、「自分の病気で真央や舞の競技生活に影を落としたくない」という強い母の思いから、メディアには病状を一切公表せず、娘たちの前でも気丈に振る舞い続けたといいます。
そして2011年12月9日、グランプリファイナル出場のためカナダ・ケベックに滞在していた真央さんに匡子さんの容態急変の知らせが届きます。真央さんは大会を急遽棄権し、祈る思いで日本へ緊急帰国しましたが、飛行機が成田空港に到着する直前、匡子さんは享年48という若さで静かに息を引き取りました。最期を看取ることは叶いませんでしたが、母が最期まで娘のスケート人生を案じていたことは間違いありません。