本場の関西風すき焼きにおける最大の特徴は、「割り下を一切使わず、熱した鉄鍋で牛肉を直接焼き付ける」という工程にあります。関東風がみりん・醤油・酒・だしをあらかじめ合わせた割り下で具材を煮る「牛鍋」の流れを汲むのに対し、関西風は文字通り農具の鋤(すき)の上で肉を焼いた「鋤焼き」の原点を忠実に受け継いでいます。
この調理法が選ばれる背景には、食文化の歴史だけでなく極めて合理的な調理科学が存在します。肉を熱した鉄鍋に投入し、そこに直接砂糖(ザラメ)をまぶして醤油を垂らすことで、肉表面のアミノ酸と糖が熱反応を起こす「メイラード反応」が爆発的に促進されます。これにより、割り下で煮た肉では決して得られない、香ばしく濃厚なカラメル香と凝縮された肉汁の層が形成されます。
関西の精肉店や老舗料亭の料理人への聞き取りでも、「最初に極上の和牛を単品で味わい、その後に肉の脂と旨味が溶け出した鍋肌で野菜を蒸し焼きにする流れこそが、素材に対する最大の敬意である」という証言が一致して得られます。関西風すき焼き割り下なし理由は、単なる地域差ではなく、「牛肉の旨味を最初の一口で最高潮に持っていくための必然的な選択」なのです。