1907年、文学界に激震が走った。名作『蒲団』の発表である。中年作家が若い女弟子に対して抱いた抑えきれない欲望と執着、そして彼女が去った後に遺された蒲団に顔をうずめて泣くというラストシーンは、当時の読者と文壇を騒然とさせた。これこそが、自己の恥部すらも偽りなく曝け出す日本独自の「私小説」というジャンルが芽吹いた瞬間だった。
同時代を生きた島崎藤村が社会や家父長制の暗部に肉薄したのに対し、花袋は極私的な内面と性の暗部にレンズを向けた。文学館の特設エリアでは、モデルとなった女性からの書簡や、当時の執筆背景を示すリアルな記録が解禁されている。醜悪と嘲笑されながらも、人間の本質を書ききろうとした男の覚覚悟が、重厚な資料から浮かび上がる。