源頼朝が全国に守護・地頭を配置し、徹底した残党狩りを行ったにもかかわらず、平家の落人がなぜ見つからなかったのか。その背景には、極限状態の中で徹底された「情報遮断の掟」と「過酷な地理的条件」が存在します。
各地の落人集落には、生存のために定められた特異な禁忌(タブー)が今なお伝承として残されています。
① 鶏(にわとり)を飼わない掟
朝を告げる鶏の鳴き声が谷間に響くことで、山狩りを行う武士に集落の存在を察知されるのを防ぎました。
② 鯉のぼり・幟(のぼり)を立てない風習
端午の節句であっても、遠方から視認できる旗や鯉のぼりを揚げることは厳禁とされました。平家の赤旗を想起させる行為を一切断ち切る防諜策です。
③ 煙を最小限にする生活の知恵
昼間に火を焚くと立ち上る煙で居場所が露見するため、調理は夜間や洞窟内で行い、煙が拡散しやすい工夫が施されていました。
さらに、追手が迫った際にいつでも切り落とせる「かずら橋」の架橋など、土木構造そのものが防衛システムとして機能していた点も見逃せません。