科学史において、フレミングの観察眼が優れていたことは疑いようがない。培養皿に生えた青カビの周囲で黄色ブドウ球菌が溶けている現象を見逃さず、その有効成分を「ペニシリン」と命名したセンスはまさに天才の面目躍如だった。しかし、当時の抽出技術ではこの物質があまりにも不安定で、短時間で分解してしまう壁に直面する。
1929年に論文を発表したものの、学界の反応は冷淡そのものだった。フレミング自身も化学的な分離精製を断念し、研究はそのまま約10年間にわたり実験室で放置されることになる。運命の歯車が再び動き出すには、世界が第二次世界大戦の暗雲に覆われる時代を待たねばならなかった。