佐川の一連の動きは、日本の犯罪ジャーナリズムが抱える倫理的ジレンマを浮き彫りにした。1980年代から90年代にかけて、テレビのワイドショーや週刊誌、トークイベントは、禁忌を犯した彼を一種の「サブカルチャーのアイコン」として扱い、大衆の好奇心を煽り続けた。
加害者が自らの犯罪行為を収益化し、メディアがそれをコンテンツとして貪る現象は、被害者遺族へのあまりにも酷な二次加害であった。ジャーナリズムの境界線がどこにあるのか、大衆が持つ覗き見趣味の闇がいかに深いかを示す歴史的汚点として、今も議論の対象であり続けている。