『崖の上のポニョ』の中盤、水没した町を進むためにポニョが宗介のおもちゃに魔法をかけ、人間二人が乗れる本物の船へと巨大化させるシーンは作品屈指のハイライトです。この描写には、単なるファンタジーの演出を超えた重層的な意味合いが込められています。
巨大化した船は、宗介が持っていたろうそくの代わりに、ポニョが魔法で大きくした巨大なろうそくを熱源として進みます。煙突からは力強い蒸気が吹き出し、二人は太古の海中生物(ディプノリンクスやボトリオレピスなど)が泳ぐ澄んだ水面を旅します。この水没した世界について、民俗学者や映画評論家の間では「異界(あの世)」のメタファーであるという議論が長年交わされてきました。
児童心理学や精神分析の観点からこの場面を読み解くと、ポンポン船は宗介にとっての「移行対象(Transitional Object)」として機能しています。母親であるリサから一時的に離れ、未知の環境へと漕ぎ出す5歳の少年が自立を果たすための乗り物です。親の庇護を離れた宗介が自らの手でろうそくに火を灯し、舵を握って進む行為は、母子密着からの健全な離脱と精神的成長を象徴する重要なイニシエーション(通過儀礼)として描かれています。