そもそも、この言葉はどこから生まれたのか。時計の針を昭和の高度経済成長期へと巻き戻す。発言主は、昭和を代表する大歌手・三波春夫氏だ。舞台の上で満面の笑みをたたえ、浪曲や歌謡曲を朗々と歌い上げた国民的スターである。
しかし、三波氏が意図していた「神様」は、横暴な客に平伏するへりくだりでは断じてなかった。三波プロダクションが遺した公式の解説や生前の本人の著述によれば、その神髄は「舞台に立つ者の覚悟」にある。歌い手が雑念を捨て、神前で祈りを捧げるかのように清らかな心で歌を届ける。そのとき、眼前にいる観客こそが祈りの対象であり「神様」に他ならない——。つまり、プロフェッショナルとしての自己規律を表現した言葉だったのである。
日本のおもてなし文化の象徴として語られがちなフレーズだが、もともとは客側が威張るための免罪符などではなく、表現者が自らの芸を磨き上げるための自戒の言葉だったのだ。この致命的なズレこそが、半世紀に及ぶ悲劇の始まりだった。