こうした重厚かつ刺激的なアングラ的テーマは、かつて実録雑誌や青年誌の誌面を賑わせていた。少年画報社をはじめとする出版社は、昭和から平成初期にかけて、過激な事件報道やルポルタージュ漫画を数多く世に送り出し、表現の過渡期を形成してきた。
当時の紙媒体における表現規制は、現在よりもはるかに曖昧で自由であった反面、倫理的な境界線についての議論は常に付きまとっていた。商業的な売上を追求する出版ビジネスと、ジャーナリズム的使命のバランスをいかに取るか。過激な描写がセンセーショナリズムとして批判される一方で、大衆の潜在的な欲望や社会のタブーを照射するメディアとしての役割も担っていたのだ。