医学的に「赤ちゃんが苦しい」と表現される状態は、専門用語で胎児機能不全(NRFS:Non-reassuring fetal status)と定義されます。胎盤や臍帯(へその緒)の血流が悪化し、胎児に必要な酸素が十分に行き届かなくなる低酸素状態に陥った際、心拍モニターには特有の危険信号が刻み込まれます。産科医が警戒を強める代表的な4つの異常波形を順を追って解説します。
最も危険度が高いサインとして注視されるのが、基線細変動消失です。本来であれば自律神経の働きによって毎秒小刻みに揺れ動くはずの波形からギザギザとした動きが一切失われ、まるで平坦な一本の直線のようにツルツルとした波形へと変化します。これは胎児の脳や中枢神経系が深刻な低酸素血症やアシドーシス(血液の酸性化)に晒され、自律神経のコントロール中枢が麻痺し始めていることを示す極めて切迫したサインです。
二つ目の重大な兆候が、遅発一過性徐脈と呼ばれる心拍低下です。下段のグラフに現れる子宮収縮(お腹の張り)の波の頂点からやや遅れて、上段の胎児心拍数がなだらかに下がり始め、子宮収縮が完全に治まった後にゆっくりと元の値へ戻っていくU字型の波形を指します。子宮が収縮すると胎盤への血流が一時的に遮断されますが、元気な胎児であれば予備力があるため心拍は乱れません。しかし、胎盤機能が著しく低下している場合、収縮によって生じた酸素不足に耐えきれず、遅れて胎児心拍低下が引き起こされます。この波形が反復して出現する場合、胎内環境は限界に達しているとみなされます。
三つ目は、鋭いV字型やW字型の急降下を描く「変動一過性徐脈」です。この一過性徐脈理由の主たる原因は臍帯圧迫にあります。赤ちゃんの首や手足にへその緒が巻き付いていたり(臍帯巻絡)、胎児自身の体と子宮壁の間にへその緒が挟み込まれたりすると、血流が一瞬遮断されて血圧が急上昇し、迷走神経反射によって心拍数が急降下します。一時的な軽度の圧迫であれば姿勢を変えることで改善しますが、急激な低下が繰り返されたり、低下した状態からベースラインへの回復が遅れたりする「高度変動一過性徐脈」へと移行した場合は厳重な監視が必要です。
四つ目は、NST心拍数100以下の危険水域まで急降下したまま回復しない「遷延性徐脈」です。胎児心拍が100bpm未満に落ち込み、それが2分以上、さらには数分間にわたって持続している状況は、胎児が重度の低酸素状態に直面しているSOSであり、分娩管理の現場において最も迅速な判断が求められる緊急事態となります。