バーモントカレーが世に出る前の日本において、カレーライスは「大人の辛口料理」という認識が支配的でした。ハウス食品の歴史を振り返ると、同社は1926年に「ホームカレー」を発売して以来、本格的な香辛料の調合を武器に市場を開拓していましたが、当時のカレー粉や初期の固形ルウは唐辛子や胡椒の刺激が強く、小さな子どもがそのまま口にすることは困難でした。
当時の家庭では、父親や兄姉の食べる辛いカレーとは別に、母親が幼い子どものためだけにシチューや別のおかずを作る「二重の手間」が日常茶飯事でした。この台所の不便と、家族が同じ料理を囲めない食卓の分断に疑問を抱いたのが、後にハウス食品の社長を務める浦上郁夫氏をはじめとする開発陣でした。「家族全員がひとつの鍋から同じカレーを笑顔で食べられるようにしたい」という強い想いから、子供向け甘口カレーの歴史を拓く挑戦が始まったのです。
しかし、バーモントカレーの開発経緯は決して平坦な道のりではありませんでした。当時のスパイス業界や社内営業部門からは、「カレーから辛味を奪うなど邪道だ」「甘いカレーなど誰が買うのか」と激しい反発の声が上がりました。さらに製造現場でも、水分を多く含むリンゴのペーストや粘度の高いハチミツを熱い油脂とスパイスの中に均一に溶け込ませ、常温で固形化・品質保持させる技術は至難の業でした。度重なる試作の末、香辛料の香りを損なわずにコク深い甘みを実現する独自の乳化技術を確立。バーモントカレー発売年である1963年(昭和38年)9月、社運を賭けた黄色い箱が市場へ投入されました。