なぜ小さな琉球がアジアを牛耳れたのか?海洋王国・貿易繁栄の真相

なぜ小さな琉球がアジアを牛耳れたのか?海洋王国・貿易繁栄の真相

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琉球列島という限られた国土面積と人口しか持たなかった国が、なぜ14世紀から16世紀にかけてアジアの海を牛耳ることができたのか。その最大の理由は、明朝の国際秩序を逆手に取った外交戦略の勝利にあります。

1368年に成立した中国の明は、周辺諸国との貿易を「朝貢(皇帝に貢ぎ物を捧げ、返礼品をもらう公式儀礼)」のみに限定し、自国民の海外渡航を厳しく禁じる海禁政策を敷きました。この政策により、当時アジア全域で旺盛だった物資の流通が一夜にしてストップし、巨大な供給不足が発生します。

この歴史的空白を突いたのが、1372年に明と国交を結んだ琉球(当時は中山王・察度)でした。琉球は明の皇帝に対して絶対的な臣従の礼をとる「冊封関係」を結ぶ見返りとして、他国には許されない破格の貿易特権を獲得します。明は琉球に対し、大型の遠洋航海船を無償供与しただけでなく、福建省から航海・文書作成・造船のプロ集団である技術集団「久米三十六姓(くめさんじゅうろくせい)」を移住させました。

自前の軍艦や高度な航海術を持たなかった琉球は、宗主国である明からインフラと技術をフルセットで提供され、合法的に東シナ海・南シナ海を往来できる「唯一無二の国際公認キャリア」へと急成長を遂げたのです。

松本 悠斗
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松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。