高さ10メートルの飛込み台から時速50キロ以上で水面に飛び込む飛込競技では、わずかな心の乱れがフォームの崩れを生む。トム・デイリーにとって、編み物は単なる趣味の領域を超えた洗練された「マインドフルネスのツール」だった。
目を閉じて深呼吸するだけでは排除しきれない雑音を、指先を動かし目数を数える身体的動作によって遮断する。現代のアスリートが抱えるメンタルヘルスの課題に対し、彼が見せつけた解法は極めて実践的だった。スポーツ心理学者たちも、この「能動的リラックス法」が試合パフォーマンスの向上に寄与していたことを認めている。勝つためのギアとして毛糸が存在していたのだ。