震災前の神戸港は、世界第6位のコンテナ取扱量を誇る東アジア屈指のメガハブ港湾でした。しかし、マグニチュード7.3の直下型地震は、その強固な港湾インフラを一瞬で粉砕しました。神戸港に存在した全239バースの岸壁のうち約9割が損壊し、クレーンはへし折れ、埠頭一帯が液状化現象によって水没・陥没するなど、物流機能は完全に麻痺状態に陥ったのです。
震災後、神戸市と港湾関係者は驚異的なスピードで復旧工事を進め、わずか2年3ヶ月後の1997年3月には「神戸港復興宣言」を発表するに至りました。しかし、街全体が急速に傷跡を修復していく中で、強い危機感が生じました。「この未曾有の惨禍と教訓を、全て綺麗に塗り替えてしまって本当によいのか」という問いです。
神戸港復興の象徴として1997年4月に開設された神戸港震災メモリアルパークには、メリケン波止場の東側岸壁約60メートルが、被災した当時の状態のまま手つかずで保存されることになりました。被災者の痛ましい記憶を呼び覚ますという慎重論もありましたが、行政と市民が選んだのは「悲劇の痕跡を隠すのではなく、自然の猛威と教訓を世界へ発信し続ける」という決断でした。風化という人間の宿命に抗うための物理的アンカーとして、この崩壊岸壁は遺されたのです。