なぜ北の大地でこのような独自の音律が形成されたのか。その答えは明治以降の開拓期にまで遡る。全国各地から入植者が押し寄せた際、最も強い言語的基盤となったのが青森や秋田を中心とする東北方言だった。異なる地域の出身者が意思疎通を図る過程で、互いの強いなまりが徐々に削ぎ落とされ、共通言語としての新たなスタイルが生み出されたとされる。
この言語の融合プロセスについては、日本の言葉文化を保護・研究する文化庁の資料でも貴重な言語接触の事例として触れられている。過酷な開拓生活の中で生まれた切実なコミュニケーションの試みが、数十年をかけて現在の滑らかな響きを作り上げたのだ。