悲劇の舞台となったのは、豊かな自然と野生生物が共存するカムチャツカ半島である。当時19歳だったオルガ・モスカリョワ氏と、その義父であるイゴール・ツィガネンコフ氏は、川辺で釣りを楽しむごくありふれた休日を過ごしていた。しかし、その静寂は突如として破られる。茂みから姿を現した母グマと3頭の子グマによる急襲だった。
生存の明暗を分けたのは、初動の回避行動と通信手段の存在だった。義父のイゴール・ツィガネンコフ氏が真っ先に襲撃を受け命を落とす中、オルガ・モスカリョワ氏は瀕死の状態で母親へ電話をかけ続けた。通話は数回に及び、最初は「クマに襲われている」という助けを求める悲鳴、やがて痛みの激化に伴う諦め、そして最期には「お母さん、愛している」という悲痛な別れの言葉へと変わっていった。
通報を受けた通報者や警察、そしてロシア非常事態省の救援チームが現地へ急行したものの、救援隊が現場に到着したときには手遅れだった。捜索隊が見つけたのは、野生の残酷な摂理によって変わり果てた現場と、遺された携帯電話の通信記録だった。なぜ、日常のレジャーが突如として生還不能な地獄へと変貌を遂げたのか。最新の検証では、ヒグマの縄張り意識と子育て期における過剰な警戒心が重なった偶然の不幸事故であったことが指摘されている。