救急搬送の現場において、多くの家族が直面する疑問があります。「意識障害や麻痺があるのに、なぜCTで異常なしと言われ、後からMRIを撮り直したのか」というケースです。ここには臨床救急における頭部MRIとCTの使い分けの明確な理由が隠されています。
端的に言えば、脳梗塞CTで見えない理由は、発症直後(超急性期:発症から数時間以内)の病変部におけるX線透過率の変化が極めてわずかだからです。CTは組織の密度の違い(X線の吸収率)を白黒の濃淡で表現します。脳梗塞は血管が閉塞して血流が途絶える病態ですが、虚血に陥った脳細胞が水分を取り込んで膨らむ細胞毒性浮腫(浮腫)を起こし、CT上で周囲と明瞭なコントラストを描く「低吸収域(黒っぽい影)」として視認できるようになるまでには、発症から少なくとも6〜12時間以上のタイムラグを要します。
それに対してMRI、とりわけ拡散強調画像(DWI: Diffusion Weighted Imaging)と呼ばれる特殊な撮像シークエンスは、虚血に伴って脳細胞膜の機能が低下し、細胞外から細胞内へ水分子が閉じ込められて運動(ブラウン運動)が制限される現象を鋭敏に捉えます。この技術により、発症からわずか数十分以内の超早期脳梗塞であっても、病変部が鮮烈な「高信号(白い輝度)」として浮き彫りになります。t-PA静注療法やカテーテルによる血栓回収療法といったタイムリミットのある治療適応を決定する上で、MRIのDWIは決定的な威力を発揮します。
それなら「最初から全員MRIを撮ればいいのではないか」と考えるのは早計です。脳卒中が疑われる患者に対して救急外来でまずCTを行う最大の目的は、「脳梗塞を探すこと」ではなく「クモ膜下出血や脳出血を瞬時に除外すること」にあります。急性期の新鮮な出血(高密度の血液凝固塊)はCT検査で鮮明な白(高吸収域)として即座に描出されます。数秒で撮影できるCTによって出血がないことを数分以内に確定させなければ、抗血栓薬や血栓溶解剤を投与することはできません。出血患者にそれらの薬剤を使えば命を奪う大出血を引き起こすからです。「出血を秒速で除外するCT」と「超早期の梗塞を確実に捉えるMRI」という相補的な連携こそが、脳卒中診療の標準プロトコルとなっています。