本作屈指の名場面として語り継がれるのが、重傷を負って意識を失いかけたアシタカに対し、サンが自ら噛み砕いた干し肉を口移しで与えるシーンです。この描写に対して「ジブリ屈指の色気を感じる」という声が多数寄せられています。
この口移しシーンの本当の意味は、山犬に育てられたサンの「野生の倫理」に根ざしています。動物の世界において、親が咀嚼した餌を幼体に口移しで与える行為は純粋な育児行動であり、生きるための手段に他なりません。サンにとってアシタカは憎むべき人間でありながら、シシ神に生かされた不可解な存在でした。
絵コンテのト書きを確認すると、宮崎監督はサンの仕草に「母性」と「野生動物の給餌」の厳粛さを求めていたことが分かります。唇と唇が触れ合う行為でありながら、そこには色恋沙汰を超越した「命を直接吹き込む儀式」としての崇高さが宿っており、その剥き出しの生命力こそが観る者に強烈な艶めかしさを印象付けています。