高校3年生の秋、進路指導の現場で周囲を凍りつかせる決断を下す。早稲田大学への内部進学権利を自ら辞退したのだ。教師や家族の困惑をよそに、彼には「4年間をキャンパスで過ごす理由」がどうしても見当たらなかった。
高校卒業後、前澤が選んだ道は半年間のアメリカ滞在だった。当時付き合っていた恋人を追って渡った米国で、現地のストリートカルチャーやアンダーグラウンドな音楽シーンの熱気に強烈な衝撃を受ける。肩書や学歴など誰も気にしない。目の前にある表現が本物かどうかだけが問われる世界だった。
帰国後、SWITCH STYLEはメジャーレーベルとの契約を果たす。しかし、音楽活動と並行して彼が自室で始めた「洋楽レコードやCDの輸入販売ビジネス」こそが、のちの巨大企業の原型となった。大学へ行かず、現場のリアルな空気と商売の手触りを体感したこと。この選択が、既存のビジネスエリートには描けない独自の商売勘を磨き上げた。