テレビ画面を通じて関根氏を知るファンの多くは、「いつもニコニコしている優しいおじいちゃん」というイメージを抱きがちです。しかし、関係者の証言や当時の現場記録を辿ると、その内面には妥協を許さない凄まじい勝負師の気骨が宿っていました。
戦後の過酷なプロ野球黎明期を生き抜いた関根氏は、自著やインタビューの中で「プロは飯を食うための真剣勝負。グラウンドで甘えは一切通用しない」と述懐しています。練習量の多さでも知られ、ヤクルトのユマキャンプでは若手選手たちに連日泥だらけになるまでの猛練習を課しました。広澤克実氏や池山隆寛氏も、後年の回想で「監督は怒鳴ったり暴力を振るったりすることは絶対にないが、無言の眼光が一番怖かった」と語っています。
感情的に選手を叱責するのではなく、「グラウンドでの結果はすべて自分に返ってくる」という自己責任を静かに自覚させる指導法でした。外見の柔らかさは、過酷な勝負の世界を知り尽くした者だけが到達できる究極のポーカーフェイスであり、選手を萎縮させずに最大のポテンシャルを引き出すための高度なマネジメント手法だったのです。