『旅立ちの時〜Asian Dream Song〜』のルーツを辿ると、1998年3月に開催された長野パラリンピック冬季競技大会に行き着きます。この世界最高峰の障害者スポーツの祭典において、公式テーマ曲として制作されたのがこの楽曲でした。原曲を作曲したのは、スタジオジブリ作品の音楽などで世界的な評価を確立していた久石譲。もともとは1996年に発表されたインストゥルメンタル楽曲『Asian Dream Song』であり、アジア特有のペンタトニック(五音音階)の情緒と西洋オーケストレーションのダイナミズムが融合した珠玉のシンフォニーでした。
この壮大なメロディに言葉を乗せるという大役を担ったのが、当時ラジオパーソナリティやロックバンド「叫ぶ詩人の会」のフロントマンとして若者から熱烈な支持を集めていたドリアン助川(明川哲也)です。ドリアン助川は当時の制作手記や特番インタビューの中で、「アスリートたちが直面してきた計り知れない苦難、孤独、そしてそこから這い上がって立ち上がる魂の震えを描かなければ嘘になる」という強い覚悟を持って作詞に挑んだことを明かしています。
そしてオリジナルボーカルを務めたのは、THE BOOMのボーカリストであり『島唄』で世界に平和の祈りを届けた宮沢和史でした。「宮沢和史 with 久石譲」の名義でリリースされたシングル盤は、澄み渡る歌声と重厚なオーケストラが一体となり、開会式・閉会式を通じて世界中のアスリートと観客の心を激しく揺さぶりました。教育現場の枠をはるかに超えた「国際舞台における生の激闘と祈り」こそが、この楽曲の真の母胎なのです。