落合という地名は、文字通り「川と川が落ち合う場所」に由来する。武蔵野台地を刻むように流れる神田川と妙正寺川がこの地で合流し、古くから肥沃な泥炭質や土砂が堆積してきた。この湿潤な沖積低地は、かつて水田や広大な草地として利用され、水資源に恵まれた固有の地形を形成した。
明治から大正、昭和初期にかけて、落合周辺は「水の美しさ」を活かした産業の拠点となる。特に染色業においては、染め上げた生地を川の清流で洗う「川洗い」の作業が日常の風景であった。広大な芝地や河川敷は、染め直した長い反物を広げて乾かす乾燥場として不可欠な存在であったのだ。
高度経済成長期を迎えると、急速な都市化に伴い河川の護岸工事が進められた。一時は水辺と緑地の連続性が失われかけたものの、地域住民や都市計画家の熱意により、芝生を中心とした緑地保全運動が結実。現在の「落合 芝 地」として再整備され、都市の貴重なオープンスペースとして息を吹き返した。