落合恵子さんの若い頃のキャリアは、昭和の放送史を彩る伝説として語り継がれています。明治大学文学部英文学科を卒業後、1967年に文化放送へアナウンサーとして入社しました。
深夜番組『セイ!ヤング』のパーソナリティに抜擢されると、愛らしい語り口とリスナーの心に寄り添う親しみやすさから「レモンちゃん」の愛称で親しまれ、爆発的なブームを巻き起こします。深夜ラジオが若者文化の中心だった時代、落合さんの透明感ある声と真摯なメッセージは、孤独を抱える多くの若者の心を捉えました。
アナウンサーとして絶頂期を迎えていた1974年に文化放送を退社。安定したアナウンサーの座を離れ、執筆活動や社会活動に軸足を移すという決断は、当時大きな注目を集めました。独立直後から小説やエッセイを次々と発表し、ベストセラー作家としての地位を確立していきます。