「蘆屋道満=悪人」という定説は、実は「勝者(中央の藤原氏および安倍晴明派)の歴史観」によって作られたプロパガンダに過ぎないという見方が、近年の民俗学・歴史研究で有力視されています。
現地・播磨国(兵庫県南部)の古記録を紐解くと、都の貴族たちから恐れられた道満は、地元の人々にとっては「日照りに雨を降らせ、病魔を退散させてくれる頼もしい知恵者」として親しまれていました。身分の低い庶民にも分け隔てなく加持祈祷を行い、天文学や薬草の知識を授けたという伝承が今も色濃く残っています。
【プロの結論】反体制のアイコンから学ぶべき人間関係の力学
蘆屋道満と安倍晴明の対立劇は、現代社会における「体制内のエリート(晴明)」と「実力主義のフリーランス・アウトサイダー(道満)」の確執そのものです。どれほど優れた技術や実力を持っていても、公式の組織票や後ろ盾がない者は「異端」「悪」のレッテルを貼られて排除されやすいという、組織社会の冷徹な構造を如実に物語っています。
しかし、敗れ去った道満が千年後の今も愛され続けるのは、権力に屈せず己の術技のみで巨大な国家権力に挑みかかった「ピカレスク(悪漢)のロマン」が、人々の心の奥底にある反骨精神を揺さぶり続けるからに他なりません。