蘆屋道満と安倍晴明の決定的な衝突は、個人の私怨ではなく、平安王朝の冷徹な政治闘争から勃発しました。その全貌を克明に伝えるのが鎌倉時代初期の説話集『宇治拾遺物語』巻二「御堂関白殿御犬事(みどうかんぱくだんのおいぬのこと)」です。
時の左大臣・藤原道長に政争で敗れた右大臣・藤原顕光(ふじわらのあきみつ)は、道長を失脚させるため、播磨から腕利きの道摩法師(道満)を秘密裏に招聘しました。道満は道長の邸宅に呪詛の呪符を埋め込み、呪殺を試みます。しかし、道長の愛犬が異常を察知して主人の前進を阻み、異変に気づいた道長は急ぎ安倍晴明を召喚しました。
晴明は現場を一瞥するや否や「これは道摩法師の仕業である」と看破。即座に呪符を掘り起こし、式神を飛ばして道満の呪詛をそのまま術者へと跳ね返す「呪詛返し」を執行しました。術のバックファイアを受けた道満は正体を暴かれ、平安京の治安部隊である検非違使によって捕縛されます。この事件により、道満は都を追われ、故郷である播磨国へと流刑に処されることとなりました。
また、室町時代の『神道集』や後世の『簠簋内伝(ほきないでん)』系伝承では、道満が晴明の妻と密通して秘伝書を盗み出し、一度は晴明を殺害するものの、唐の伯道上人によって蘇生された晴明に討たれるという、より劇的な呪術バトルのバリエーションへと発展していきます。