1966年5月の『笑点』初回放送から大喜利メンバーとして出演していたこん平さんは、オレンジ色の着物をまとい、エネルギッシュな回答と豪快なキャラクターで番組の顔として君臨していました。大喜利のみならず、座布団運びの山田隆夫さんをいじる掛け合いや、たい平さんをはじめとする若手落語家の育成など、番組の屋台骨を支え続けた功績は計り知れません。
ところが2004年8月、突然の異変が襲います。声が出にくくなり、手足に力が入らなくなるなどの体調不良を訴えて緊急入院。医師から下された診断は、国の指定難病である「多発性硬化症(MS)」でした。脳や脊髄などの神経組織に炎症が起き、視力障害や運動麻痺、言語障害などを引き起こす原因不明の疾患です。
「すぐに治して笑点の高座に戻る」という強い願い虚しく、病状は一進一退を繰り返し、歩行や発声すら困難な状態に陥りました。番組側は復帰を信じて席を空け続けましたが、長期の療養が必要となったため、2006年5月をもって正式に『笑点』を降板することとなったのです。