『ナイトヘッド』(1992年)などでカルト的な人気を博していた豊川悦司が、お茶の間の誰もが認めるトップ俳優へと駆け上がる決定打となったのが本作でした。脚本家・北川悦吏子が「豊川悦司という俳優の圧倒的な佇まいと手の美しさにインスパイアされて執筆した」と振り返る通り、主人公・榊晃次はまさに豊川のために用意された役柄でした。
しかし、その華やかな画面の裏側には、想像を絶する役作りの苦闘がありました。当時の特番インタビューや手記によると、豊川はクランクイン前の約2ヶ月間、専属の手話指導員とマンツーマンで毎日数時間にわたる猛特訓を敢行しました。単に手話の単語を暗記するだけでなく、「聴覚障害を持つ青年が日常の中で自然に紡ぎ出す手の動き」を表現するため、指先のしなやかさや視線の配り方に至るまで徹底的に突き詰めたと証言されています。
特に豊川自身が後年の回想で語った「手話は単なる手振りの言語ではなく、顔の表情、息遣い、全身の筋肉の緊張度すべてが一体となった表現である」という境地は、現場スタッフをも息をのませました。晃次が紘子の頬に手を添える繊細な仕草や、感情が昂った際の手話のスピードの変化は、台本に書かれた文字以上の情感を画面越しに伝え、視聴者の心を強く揺さぶりました。