大坂夏の陣で豊臣秀頼とその母・淀殿が自刃し、秀吉の直系は絶えたというのが通説だ。しかし、播磨や九州地方には古くから「秀頼生存説」や「国松逃亡説」が根強く残っている。特に、秀吉の正室・ねねの兄である木下家定の家系(足守藩木下家)は、豊臣の血脈を実質的に引き継ぐ存在としてマークされてきた。
新資料は、秀頼の落胤とされる子供たちが、木下家やその他の外様大名の庇護のもとで密かに生き延びていたルートを具体的に示している。単なるロマンや都市伝説として片付けられてきた生存説が、にわかに現実味を帯びてきたのだ。