1978年、当時36歳で将来を嘱望されていた小泉純一郎氏は、青山学院大学の学生だった宮本佳代子氏と見合い結婚を果たしました。佳代子氏は、大手製薬会社「エスエス製薬」の元会長・泰道照山氏の孫娘であり、政界ホープと財界名門令嬢の華々しいビッグカップルとして大きな話題を呼びました。
結婚後、佳代子氏は長男・孝太郎氏、次男・進次郎氏を出産しますが、結婚生活はわずか4年後の1982年に突如として破局を迎えます。当時、佳代子氏は三男である佳長氏を妊娠中(妊娠6ヶ月)という異例のタイミングでの協議離婚でした。
離婚理由の真相について、表面上は「性格の不一致」と発表されましたが、実際には政治家一族特有の過酷な家風と名門実業家一族との摩擦が主因とされています。小泉家を取り仕切っていた姉・信子氏ら親族との確執や、横須賀の選挙区を守るための強烈なしきたりに、まだ20代前半だった佳代子氏が適応しきれなかったことが背景にありました。
離婚調停の結果、孝太郎氏と進次郎氏の親権は小泉純一郎氏が持ち、お腹にいた三男は佳代子氏が引き取って宮本姓で育てることになりました。純一郎氏はその後、生涯再婚することなく独身を貫いています。