介護施設で発生する悲劇の中でも、社会に最大の衝撃を与えたのが2014年に発覚した川崎市有料老人ホーム転落死事件です。入所者の男女3人が相次いでベランダから転落死したこの事件では、元職員の男が殺人罪に問われ、裁判では死刑判決が確定しました。公判の証言や捜査関係者の記録によると、元職員は「夜勤時の手がかかる入居者に強い苛立ちを募らせていた」「介護の手間をなくしたかった」という身勝手極まりない理由で犯行に及んだことが明らかになっています。
老人ホームで殺人はなぜ起きてしまうのか。老人ホーム殺人事件の犯行動機を臨床心理学や社会学の観点から分析すると、単なる突発的な怒りだけでなく、介護従事者が抱える特有の心理的プロセスが見えてきます。
特に指摘されるのが、ケアの対象者に対して優位な立場を誤認する「歪んだ全能感」と、終わりが見えない介助作業による「感情労働の破綻」です。要介護度の高い高齢者は自力で抵抗や通報が難しいため、密室の中で介護者がフラストレーションの捌け口として暴力をエスカレートさせ、最悪の事態に至るパターンが散見されます。
有料老人ホームの死亡事故や不審死の経緯を辿ると、当初は「誤嚥による窒息」や「単独での転落事故」として処理されかけ、遺族の不信感や内部告発、司法解剖によって初めて他殺と判明したケースも少なくありません。密室性の高さが証拠隠滅を容易にし、凶行の発覚を遅らせる大きな要因となっていました。