2人の結婚生活は長くは続きませんでした。2002年頃に協議離婚が成立し、約2年の婚姻生活に幕を閉じています。スピード離婚に至った背景には、起業家としての猛烈なワーカホリック体制と、家庭生活に対する価値観の決定的なズレが存在していました。
当時、オン・ザ・エッヂは東証マザーズへの上場を果たし、堀江氏は24時間365日体制で事業拡大と資金調達に没頭していました。連日の激務や会食で自宅に帰らない日々が常態化し、元妻との心理的距離は急速に拡大していきました。「家に帰っても仕事の思考が止まらない」「家庭という閉鎖的な空間に縛られることに耐えられない」という堀江氏の生活スタイルは、平穏な家庭を望む元妻との間で埋めがたい溝を生じさせたのです。
離婚にあたり、誕生した長男の親権は元妻が持ちました。特筆すべきは堀江氏の養育費に対する姿勢です。日本国内における離婚後の養育費継続受給率は約3割未満と低迷している社会問題がある中、堀江氏は子供が成人するまでの養育費を数千万円規模で完全に支払い終えたことを明言しています。
「経済的な不自由は絶対にさせないが、中途半端に父親面をして接触することは元妻と息子の人生を混乱させる」という独自の線引きから、離婚後は原則として直接会うことは避けてきたと語られています。2000年頃に生まれたとされる長男は、2026年現在ですでに25歳を越えており、立派な成人として一般社会で生活を送っています。