地動説をめぐる歴史の暗部として必ず語られるのが、キリスト教会による宗教裁判です。ここで多くの人が混同しやすいのが、ブルーノとガリレオの辿った運命の違いです。
1600年、ローマのカンポ・デ・フィオーリ広場でジョルダーノ・ブルーノが処刑(火刑)された事件は、長年「地動説を唱えた科学の殉教者」として描かれてきました。しかし、教皇庁の審問記録などを精査すると、彼が断罪された直接の理由は、三位一体の否定やキリストの神性否定といった神学的異端思想による部分が極めて大きかったことが判明しています。
一方で、コペルニクスの理論を科学的実証へ引き上げたのがガリレオ・ガリレイです。ガリレオは自作の望遠鏡で「木星を周回する4つの衛星」を発見し、地球以外の天体を中心にして回る星が存在することを証明しました。さらに金星の満ち欠けを観測し、天動説が物理的に成り立たない動かぬ証拠を突きつけたのです。
しかし、1632年に『天文対話』を出版したガリレオは、翌1633年の第2回異端審問で有罪判決を受け、地動説の完全撤回を宣誓させられます。裁判の直後に「それでも地球は回っている(E pur si muove)」と呟いたという有名な逸話は、後世の創作とされつつも、権力による真理の抑圧に対する人間の知性の抵抗を象徴する言葉として今なお語り継がれています。