卓越した影響力を持っていたからこそ、中曽根康弘の名には現在に至るまで数多くの噂や疑惑が付きまとっています。検索空間やネット掲示板などで長年語られる言説の真偽について、客観的なファクトと取材記録から検証します。
最も広く拡散されているのが、1985年8月12日に発生した「日本航空123便墜落事故」にまつわる陰謀論です。「自衛隊の標的機が衝突した事実を隠蔽した」「米軍の救助申し出を中曽根首相が拒絶した」といった言説がネット上で根強く囁かれています。しかし、運輸省航空事故調査委員会による公式調査報告書や、後年に公開された各種通信ログ、ボイスレコーダーの解析により、事故の直接原因はボーイング社による圧力隔壁の不適切な修理ミスであることが科学的に証明されています。
事故当時、生存者救出の遅れに対する初動批判は政府に向けられたものの、意図的な救助妨害や隠蔽工作を裏付ける公的証拠は一切存在しません。首相官邸が当時、情報の錯乱と夜間の山岳地帯という悪条件に翻弄された事実が、後年の過度な憶測や都市伝説を生み出す土壌となったのが真相です。
また、「リクルート事件」において未公開株の譲渡を受けた疑惑や、売上税(消費税の前身)導入をめぐる公約違反批判など、現実の政権運営におけるダークサイドも存在しました。清濁併せ呑む豪腕ぶりと、国家機密に関わるトップ外交の密室性が、数々の「噂の真相」を求める関心を今なお掻き立てる要因となっています。