NSC大阪校22期生として出会った2人は、在学中から頭角を現し、コンビ結成からわずか数ヶ月で『NHK上方漫才コンテスト』最優秀賞を受賞するなど、関西お笑い界の記録を次々と塗り替えました。その勢いのまま乗り込んだのが、記念すべき第1回大会となったキングコングのM-1 2001年決勝でした。
当時の芸歴はわずか2年3ヶ月。中川家、ますだおかだ、フットボールアワー、チュートリアルといった錚々たる実力派がひしめく中、21歳の若武者が決勝の舞台に立ったこと自体が異例中の異例でした。しかし、全国生放送の重圧と第1回特有の張り詰めた空気の中、披露したネタは本来のテンポを出し切れず、結果は10組中7位。当時の審査方式であった一般審査員(札幌・大阪・福岡)の票も伸び悩む結果となりました。
大会直後にスタートしたフジテレビ系『はねるのトびら』のレギュラー抜擢もあり、知名度は全国区へと急上昇していきますが、この第1回大会の苦い敗戦が、西野と梶原の胸に「漫才師としてのプライドを取り戻す」という強い執念を植え付ける原点となりました。